6月28日、EUとメルコスール(アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ)は、約20年の交渉を経て、二つの地域間の包括的な貿易協定に関する政治合意に達した。これは、メルコスールが署名する最初の主要な貿易協定で、人口の面で世界最大の貿易ゾーンが形成されることになる。本貿易協定は、関税のみならず、政府調達契約へのアクセスの改善、地域産の食料品の保護、サービス提供の自由の拡大を含む幅広い分野を対象としている。
また、本貿易協定には、著作権、商標、意匠、地理的表示、植物品種、並びに営業秘密の保護及び模倣品の水際取締に関する条項を含む、知的財産権に関する広範な章が含まれている。知的財産権に関する大きなポイントとしては、ブラジルにおける知的財産実務にもたらされる可能性のある複数の戦略的ポイントの修正だけでなく、メルコスール諸国間の法律及び実務の調和に関する支援が挙げられる。
しかし、補充的保護証明書(または一般的に特許保護期間を延長する制度)及びTRIPS協定第39条第3項に基づく試験データ保護については、メルコスール諸国の要求通り、交渉プロセスから除外された。ブラジル代表団はこの2点が交渉から除外されたことを勝利とみなしたものの、米国との貿易協定の交渉が進展した場合に、米国政府はそれを受け入れないものと考えられる。米国は、この合意の製薬、化学、食品分野に関する不満があり、ウィルバー・ロス商務長官の指摘のとおり、EUとメルコスールの合意には米国との合意をリスクにさらす可能性のある欠陥がある。
9月6日にEUによって公表された文書に基づき、知的財産権の章の概要を以下に示す。1 今後、文書に大きな修正は入らないと思われるものの、最終版となる署名時までに小さな修正が加えられる可能性がある。
特許に関する条文は非常に短く、基本的には特許協力条約(PCT)の遵守のみに同意がなされている。PCTへの遵守は、アルゼンチン及びウルグアイが当該条約に加盟していないことからも非常に重要である。
EUとメルコスールの間で、特許、及び医薬品へのアクセスに関する問題についての意見の相違があることが、この分野におけるより深いコミットメントを妨げたものと考えられる。知的財産と公衆衛生に関する問題は、知的財産に関連する一般原則を列記する第X.4条と、ドーハ宣言の確認に焦点をおいた第X.8条の複数の条項に分かれている。本協定は、両当事者が「TRIPS協定の第31条の2を実施する」ことを定めていることに留意することが重要である。第31条の2は、基本的に、強制実施権によりジェネリック医薬品を製造する国が、発展途上国に医薬品を輸出することを許可している。これにより、強制ライセンスを行いやすい環境を奨励する政治的シナリオが生まれ、特許制度において回避できない問題が発生する可能性がある。
商標に関しては、マドリッド協定とニース協定の両方に言及されている。前者は昨今ブラジルで採択され、他のメルコスール諸国も続いて採択するとみられる。 さらに、商標出願の無効理由として悪意を導入することに関する規定があり、これは、調和することが有益となる別の領域である。
意匠に関しては、すべての当事者がハーグ協定を遵守するために“最大限の努力”をすることに同意しており、これはメルコスール地域にとっては重要なステップとなる。注意すべき点は、本協定が、製品の部品のデザインに関する規定をしていないことである。 また、第X.30条には未登録意匠の保護に関する規定があるが、加盟国の裁量に全面的に委ねられている。
本協定の著作権に関する部分は、特に著作権の使用に関する報酬とロイヤルティの徴収の問題(集団管理権の協力に関する規定を含む)を広範囲にカバーしている。 第X.15条は、保護期間に関する問題を扱っており、近年EUで大部分が議論された匿名/孤児著作物に関連するものなど、いくつかの複雑な点について加盟国間で方針の一致がみられる可能性がある。
別の重要なポイントは、第X.18条で規定される著作権の制限・例外の問題である。これは非常に簡潔な条項であり、基本的に例外と制限は特別な場合にのみ適用されるべきで、それらが著作物の通常の利用に抵触しない場合に適用されるべきとの考え方を定めている。これはおそらく、EUの「公正使用(fair dealing)」または「スリー・ステップ・テスト」システムと、ブラジルなどのメルコスール諸国のヌメルス・クラウズスの制限の不一致によるものである。
ただし、ストリーミングの行為は複製権の範囲内とはみなさないとする明確な規定があることは注目に値する。
第X.19条は、権利者が用いる技術的保護手段の回避行為に対して、当事者が保護をすべきであると定義しており、許容される回避行為は特定の制限として定義されるべきであることを明確にしている。また、第X.20条には、権利管理情報に関する類似の規定がある。これは、著作権で保護されるコンテンツの新たな収益化の方法に関するバランスと調和の模索に関する特別な注意を示すものである。貿易圏には、コンテンツ関連製品の市場として大きな可能性があり、適切なレベルの保護が不可欠である。
地理的表示に関する部分は、両地域が独自の高品質の飲料・食品の生産に取り組んでいることを考慮した、最も広範なものである。 この協定に基づき、原則としてメルコスールはワイン、スピリッツ、ビール、及びプロシュット・ディ・パルマ、シャンパン、ポートワイン、アイリッシュウイスキーなどの食品の「欧州の地理的表示」を保護する。 一方、EUはカシャサ(ブラジルの蒸留酒)やアルゼンチンのメンドーサワインなどの伝統的なメルコスール製品の名称を保護する。
第X.35条は、地理的表示の保護範囲を規定しており、付与された権利の範囲、例外、商標との競合など非常に広範囲にわたる。 この条項には同名の地理的表示に関する規定が含まれており、附属書IIの別表にはラベリングに関する複雑な規則が定められている2 。この分野への両地域の関心のレベルを考慮すると、飲料・食品に関連する種々の業界関係者は、今後発生し得る義務について認識する必要がある。
生物多様性と伝統的知識に関する部分は短く、1992年の生物多様性条約などのいくつかの戦略的条約に関する義務がおおむね再確認された。植物品種に関する部分は、基本的に、UPOV(植物新品種保護国際同盟)を再確認するものである。
秘密情報の保護に関するサブセクションは、本協定において最も影響度の高いものの一つである。この部分は、企業秘密の保護に関するEU指令2016/943の影響を強く受けている。この規定を適切に実施することは、営業秘密に関する特定の規定を持たないブラジルにとって非常に有益である。現在、ブラジルは営業秘密を主に不正競争の条項で扱われる。もう一つの重要な点は、営業秘密が違法に取得されたことを知っていたはずである場合に、営業秘密の侵害とみなされる旨が定められたことである。この義務は、第39.2条に添付された脚注に含まれており、ブラジルなど一部の国では明確に規定されていない。
この協定には、権利行使及び水際取締に関する複数の規定があり、これらの規定はいくつかの実際的な問題の調和をもたらす可能性がある。第X.45条はlex fori(法廷地法)を知的財産問題の準拠法として定義しており、知的財産権の所有者のほか、認可された専用実施権者及び法的に認められた知的財産の集団的権利管理機関も、知的財産保護の法的手続を開始するための正当性を有することを明確にしている。
第X.46条は、証拠について定めており、知的財産権所有者が証拠を保持することを認める有効な暫定措置を所轄機関が定められるようにすることを目的としている。さらに、予備的措置、特に仮処分としての差止命令及びその他の救済措置の調和を図る複数の規定がみられる。興味深い点としては、侵害者に悪意、及び過失がなかった場合には、司法当局が差止命令等の通常の救済措置の代わりに金銭的補償を命令する可能性が定められている。
第X.58条には水際取締に関する一般的な規則が定められている。注意すべき点は、本協定が、特許侵害の疑いのある商品を差し押さえることを加盟国に義務付けていないことである。また、輸送中の物品に水際取締を適用する義務がないことも明確にされている。さらに、本協定には並行輸入の問題に関する定めがなく、この問題への対処は国内法に委ねられている。しかし今後、模倣品の輸出防止に関するさらなる協力構築のための努力がなされるべきであり、メルコスール地域においては非常に重要なものとなる。